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ぴぃぷ 其の弐 たいらなぎ
目が覚めた。
ひどくすっきりしない気分で、頭の奥が鈍く痛む。
右手で額を押さえながら、寝床の中で身を起こす。
重い瞼を擦りながら窓の外を見やると、薄暗い彼方に派手な電飾の群れが浮かんでいる。
それをしばらくぼんやりと眺めていると、なんだか微妙に幸せで、もう、どうでもいい気分にもなってくる。
頭痛も幾分和らいだ。
と、背後でふいに鳴り響く電子音。
昼寝に入る前にセットしておいたそれを、短く舌打ちをして、布団の上に投げ出す。
「……晩飯……。」
ぽつりと口にのぼらせると、急に空腹感が増長してきて、早足で冷蔵庫へを向かう。
夕べの残りのモツ煮に、たこわさもあるし、漬け物もあるし、炊きおきの冷や飯もある。
「あ……。」
はたと手を打って、野菜室をあけると、冷蔵室に入りきらなかった毛蟹が居て、思わず口元がほころび、頬ずりでもしてやりたいような気分になる。
飯をレンジで加熱している間に、食卓の準備をすっかり整える。
テレビをつけて、飯を待つ。
が、飯より先に人が来た。
玄関の方から、来客を知らせる呼び出し音が鳴り響く。
「……誰……? 」
穴の先に見えるのは、満面の笑みを浮かべた、腐れ縁。
「ゆっざさちゃ〜ん、おみやげ付きのべっぴんさんだよ〜。」
などと陽気に言いながら、白い箱と茶色い瓶を手にずかずかと部屋の中へと踏み込んでくる。
「……な〜に、これ、今日はクリスマス・イヴだよ〜。」
「日本酒の一升瓶ぶら下げてきて、何言ってんの。」
レンジの中から温飯を取り出してきて、二人分取り分ける。
やいのやいのと食卓をからげると、飯の片づけもそこそこに、白い箱を食卓の上で開封する。
「……二人で食うつもり? 」
「あたりまえ。」
「丸いぞ。」
「丸いよ。だって、予約しちゃったんだもの。」
あっけらかんと言い放つ友人の頬を伝う一筋の滴。
「予約、しちゃったんだもの、二人で、食べたいね、って。そう言って、二人で選んだんだよ。」
「……。」
「外は混んでるから、家で鍋でもやろうかって。」
「……うん。」
「俺がケーキと酒用意するから、お前は鍋の準備でもして待ってろって。」
「うん。」
「なのに、昼間、買い物行ったら、別の女と歩いてて。とっさに私のこと、妹、って紹介しやがって。」
「うん。」
「ばかばかしくて、私の方から、ふってやったの……。」
「うん。」
「こんな、イイ女、二股かける男なんて、もう……。」
「そうだな……。」
「……よりによって、……なんでクリスマス・イヴなのよ……。」
小さく肩を振るわせて漏らすと、堰を切ったように止め処なく溢れる涙、低い悲鳴にも似た嗚咽。
そんな姿を見ていることしかできない私の元を、どうして彼女は選んだんだろう。
テレビの中では、脳天気なクリスマス特番。
おきまりのクリスマスソングが次々に流れて、そこそこの芸ノー人達がありきたりな企画を繰り広げている。
ふいに、彼女は顔を上げると、大きく息を吸い込んで、ケーキを一口頬張る。
「……ゆざさ。」
「ん……?」
「ケーキおいしいね……。」
「んだな。」
(終)
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