ぴぃぷ 其の参 たいらなぎ
凍結防止のスイッチが無用になり始めた、春先の太陽熱でぬくい一室。
丸い合板の卓袱台を挟んで額を寄せ合う一組の男女。
二人が囲む、その卓袱台の上には、ソフトボール大の奇妙なモノ。
眉を潜めてソレを凝視していた男が口を開く。
「……もち?」
「もち。」
「もちなのか?」
「もちなのだ。」
「食い物のもちなのか?」
「食い物のもちなのだ。しかも、鏡餅さんなのだ。」
「……なんで七色なのだ。」
「新年を祝して、レインボウカラーでデコレーションしてみたのだ。」
「デコレーション? だれが? 」
「其の道の達人の方々だ。」
「ほほぅ……、其の道の。」
「なかなかうまくできてんでしょ? さすが、プロに任せると違うよね。」
「……よう。」
「ん? 」
「今、2月×日なんだよ。」
「そうだよ、だから菱餅買ってきたんだろ? 」
「新年なんて、とっくに明けてんだよ。」
「あのね、私がいくら阿呆だからって、暦くらい読めるよ? 」
男は、不必要に深い溜息をついて、後ろに体を倒すと、そのまま天井を仰ぐ。
そして再び短い溜息。
「カズヒト〜。」
「あー? 」
「おしるこ食べる?」
「菱餅以外の餅あんのかよ。」
「卓袱台の上にあるの見たでしょ、さっき。」
女は卓袱台に両の手をついて、身を乗り出す。
「……あぁ、新年あけましておめでとう記念レインボウカラーで満員御礼の鏡餅様だ
な。」
男は女と目も合わせず語気を荒げつつ、返答する。
女は更に身を乗り出して、男の視界に無理矢理入る。
「……黴びても食えるよ? もち。」
「……ぜんざいなら食う。」
近所のホームセンターにて特価で980円の卓袱台の上に、小さな土鍋一つ。
そこから立ち上る白く濃い湯気と、神経に心地良い甘い匂い。
卓袱台を挟んで、茶碗に箸を構える一組の男女。
「うまいな、もち。」
「うまいでしょ、もち。」
「豆丁度いいな。」
「いい豆でしょ。」
「ゆざさ。」
「んー?」
「世間的にはさ……。」
「うん。」
「……聖バレンタインデーなんよ、今日。」
「口移しで食べさせよか? 」
「……いらん。」
(終)
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